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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2627号 判決

原告 三浦和義

右訴訟代理人弁護士 林浩二

被告 株式会社 朝日新聞社

右代表者代表取締役 一柳東一郎

被告 永山義高

右両名訴訟代理人弁護士 芦苅直巳

同 芦苅伸幸

同 星川勇二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、被告株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞の全国版社会面及び雑誌週刊朝日誌上に、それぞれ別紙記載の謝罪広告を、見出し、記名及び宛名は各一〇ポイント活字、その余の部分は各八ポイント活字をもって、朝日新聞については二段ぬき一〇センチメートル幅の大きさで、週刊朝日については半ページの大きさで、各一回掲載せよ。

二 被告らは、原告に対し、各自、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、週刊誌に掲載された記事による名誉毀損の成否が争われた事案である。

一  争いのない事実

1  被告株式会社朝日新聞社(以下「被告会社」)は雑誌「週刊朝日」を発行しており、被告永山義高は、同誌の編集長である。

原告は、株式会社フルハム・ロードの代表取締役の地位にあり、昭和五九年一月一九日から雑誌「週刊文春」に連載が開始された「疑惑の銃弾」と題する記事において、原告の妻一美が昭和五六年八月一三日にロサンゼルスのホテル内で傷を負った事件(殴打事件)、一美が同年一一月一八日にロサンゼルスで何者かに銃撃され、後に死亡した事件(銃撃事件)及び白石千鶴子の失踪事件について、原告がこれに深く関与しているとの疑いを抱かせる記事が掲載されて以来、多くの同様の報道にさらされている。

2  被告らは、週刊朝日一九八七年八月二一日号(昭和六二年八月一二日発売)の三四ページにおいて、「ロス地検来日に怯える三浦」との中見出しを付し、「この春、東京地検の検事が三浦に面会した。写真週刊誌『エンマ』が三浦の全裸写真を載せた件について事情聴取をするための面会なのに、三浦は面会をかたくなに拒んだ。三〇分ほど説得してようやく面会できたが、本話がすんで検事が『ところで銃撃事件のことだが』と切り出すと、三浦はひとこともいわずに席を立ったという。」との内容の記事(以下「本件記事」)を掲載した。

3  右記事のうち、「この春」とあるのは「昨年一二月」の誤りであり、原告は、東京地検検事と、雑誌「週刊文春」に掲載された記事に関して面会した事実はあるものの、本件記事記載の事実に関して面会した事実はなく、被告らは、一九八八年二月五日号の週刑朝日誌上において、「お詫び」と題し、本件記事に一部事実と違うところがあるとの文面を記載した。

二  争点

本件記事は、原告の名誉を毀損するものであるか。

なお、原告は、銃撃事件の犯人であるかどうかにかかわりなく、本件記事によって原告の名誉が毀損されたと主張する。

また、被告は、本件記事に記載された事実について、それが真実であるとの立証はしないと表明している。

第三争点に対する判断

一  本件記事の背景

本件記事を掲載した週刊朝日の発売(昭和六二年八月一二日)の前後において、原告及び原告をめぐる報道に関し、左記の事実経過を認めうる(弁論の全趣旨による。)。

1  昭和五六年一一月一七日(現地時間)、ロサンゼルス市内において、原告の妻一美と原告が銃撃され、一美は頭部、原告も左腿に銃弾を受け、一美は、同五七年一一月三〇日、右受傷のため死亡した(銃撃事件)。

2  昭和五九年一月二六日号の雑誌週刊文春は、「疑惑の銃弾」と題する記事を掲載し、銃撃事件及び昭和五四年三月下旬以来行方不明となっている楠本(白石)千鶴子の失踪事件について、原告が関与している疑惑があるとの報道をした。

以来、多くの週刊誌、テレビ番組等により、銃撃事件、白石の失踪事件及び昭和五六年八月一三日にロサンゼルス市内のホテルにおいて一美がハンマー様のもので殴打された事件(殴打事件)について、原告の関与を示唆する報道がされ、日米両国において、右三事件の捜査がされた。

3  昭和六〇年九月一一日、原告の依頼によって一美を殴打したと告白していた女性と原告は、殴打事件に関して殺人未遂罪の容疑で逮捕され、のちに、同容疑で起訴された。

右事件につき、当庁は、昭和六一年一月八日、右女性を懲役二年六月(同年七月二八日、控訴棄却により確定)の刑に処し、同六二年八月七日、原告を懲役六年に処するとの各有罪判決をし、原告は、無罪を主張して控訴し、現在も係争中である。

4  また、昭和六三年一〇月二〇日、原告と他の男性一名は、銃撃事件について殺人罪の容疑で逮捕され、のちに、同容疑で東京地方裁判所に起訴された。

原告は、右のほか、同年一一月一九日、一美に付していた保険金詐欺事件で追起訴され、同年一二月一六日にも保険金詐欺事件で追起訴された。

5  右の過程で、原告をめぐって多くの報道がされ、原告は、前記「疑惑の銃弾」の報道記事について刑事告訴したのを始め、他の報道等について、原告の名誉信用の毀損を理由として損害賠償請求等の訴訟を提起しているほか、写真雑誌エンマに自己の全裸写真が掲載された件について、株式会社文芸春秋等に損害賠償請求等の民事訴訟を提起している。

二  本件記事による原告の社会的評価の低下

本件記事は、「ロス地検来日に怯える三浦」の中見出し及び銃撃事件について検事から質問を受けたのに対して原告がひとこともいわずに席を立ったとの記事とあいまって、原告が検事との面談を恐れ、あるいはこれを拒んでいるとの事実を摘示し、本件記事を含む全体の記事の内容が銃撃事件への関与について原告に疑わしいところがあることを前提とし、近い将来、原告に対する強制捜査が開始されることを示唆するものであることを認めることができる。本件記事の掲載された週刊朝日が発行された当時(昭和六二年八月一二日)、銃撃事件について未だ強制捜査が開始されていないことは、前記のとおりであり、右事情の下において原告の右事件への関与及び原告に対する強制捜査の開始を示唆する本件記事は、関与を示唆された事件が殺人罪に当たる重大なものであることをも考慮すると、原告の社会的評価を低下させる内容のものである。

名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を指す。原告は、銃撃事件の犯人であるかどうかにかかわりなく、原告の保持する社会的評価が低下させられたことをもって名誉毀損に当たると主張する。本件記事の掲載された週刊朝日が発行された当時、原告は前記殴打事件については殺人未遂被告事件に対する有罪の第一審判決(同月七日)を受けた直後であり、これによって原告の社会的評価は相当低下したものと認めうるが、原告は、なお、右事情の下において相応の社会的評価を享受しうる。殺人容疑により原告について強制捜査が開始されることを示唆する本件記事は、右事情のもとにおいて原告が享受しうる相応の社会的評価を更に一層低下させる内容のものと認められる。しかしながら、前記認定のとおり、のち昭和六三年一〇月、原告は、銃撃事件について殺人容疑により逮捕され、同容疑により起訴されたのであるから、原告は、本件記事が公表された当時においても、未だ強制捜査が開始されていないからといって、殺人未遂により有罪判決を受けたものの、銃撃事件に関与していないことを前提とする社会的評価を享受しうべきものではなく、これについて強制捜査が開始された者が受ける社会的評価に甘んじなければならない。結局、本件記事は、のちに強制捜査が開始される原告について、その事実が近い将来生じることを公表するもので、これによっては、原告の社会的評価は、影響を受けなかったというべきである。

なお、原告は、本件記事の内容が真実に反することを主張するが、右は本件記事中のいわば末節に関するものである上、右に判断したとおり、本件記事の内容によっては原告の社会的評価が低下させられたものと認められない以上、本件においては、本件記事の内容の真偽を問うまでもない。

三  以上のとおり、本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものではないから、その余の点についてみるまでもなく、原告の請求は、理由がない。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 小島正夫 片田信宏)

〈以下省略〉

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